2005年08月26日

台湾ちょっといい話

2chの台湾関係のスレに投稿された台湾体験談。
ほとんどが台湾に旅行に言った時のエピソード。
他にもいっぱいあるけど、とりあえず少しだけピックアップ。
周りが周りだけに、台湾は和む話が多くていいやね…。
日本統治時代の台湾で暮らしていた方の体験談も保存してあるけど、サイトを作るそうなので割愛しますた。(当時の台湾の様子がよく解って物凄く面白い←2chの台湾板で読める)



11 名前:1 :2001/07/02(月) 23:47 ID:???
私が初めて台湾を訪れたのは10年以上前、春の終わりのことでした。

台北のあるお寺を参詣しようとバスを乗り継いできたのですが、道に迷ったらしく、
地図を取り出してみたものの、訳がわからず困っておりました。

そこへ、一人のおばあさんが近づいてきて、
「何だ、あんた、日本の人かね?」。
私「はいそうです、道に迷ってしまって……」
おばあさん「どこに行くの?」。
私「このお寺なんですが」。
おばあさん「ああ、ここはちょっと遠いね。道を間違えたね。あんた、もしよかったらウチに寄ってきなさい。息子に送らせるよ」。

と言うわけで、そのおばあさんの家にお世話になりました。息子さんは役所に勤めており、あと一時間ぐらいで戻るとのこと、日本統治時代の話など、畳の部屋でいろいろと伺いました。

息子さんが帰ってきて、別れ際、「台湾の果物おいしいよ。ほら、持っていって」と、たくさんのお土産をいただきました。

その後、数え切れないくらいの台湾の人々との出会いがありましたが、これが最初です




21 名前:美麗島の名無桑 :2001/07/03(火) 22:54 ID:???
何年か前に台湾に行った折、友達とタロコを抜けて山岳横断のドライブを
したことがあった。

春先のことで、連日の雨が続いて落石で道が悪くなっており、小さな石が道に
たくさん落ちていた。いやな予感が的中し、夕方に車がパンクしてしまった。
標高はたぶん1500m以上、スペアタイヤなし、霧が掛かって冷え込み、
あたりが全然見えなくなった。当時は携帯電話も普及しておらず、周りに民家も
なく、車も一台も通らず、進退窮まり、野宿を覚悟した。

20分ぐらいした頃、ようやく一台通りかかり、無理に止めて助けを求めたところ、
数キロ先の小さな食堂まで乗せていってくれると言う。感謝し、霧の山道をその店へと
向かった。

店につくと、食堂というよりは茶店兼雑貨屋という雰囲気で、奥から
かなり高齢のおばあさんが出てきた。親切なおじさんと言葉を交わすと、
おじさんは「もう大丈夫、ここで電話を借りなさいね」と言い残し、
去っていった。

ところが、おばあさんには北京語も台湾語もあまり通じず、要領を得ない。
友人によると、どうもアミ族の人らしい、ということだった。僕が
「ああ、困ったな」と呟くと、おばあさんから、「日本の人か、日本語少しできる」
という返事が返ってきた。

僕がにわか通訳となり、車がパンクしたこと、電話を貸してほしいことなどを
おばあさんに伝えた。おばあさんは、「たいへんだったね。腹減ったかね?
ご飯食べるか」と、あくまでも優しい。結局、名前は知らない野菜と肉の煮込みと、
山菜の炒めもので体を温めた。

2時間ほど経って、ふもとの修理工場から車がきた。僕たちは今きた道をまた
登っていった。おばあさんは別れ際に「たけのこ」の漬物を持たせてくれた。
お金はどうしても受け取ってくれなかった。

今でも、台湾の山の話を聞くと、おばあさんを思い出す。





37 名前:美麗島の名無桑 :2001/07/26(木) 22:08 ID:???
花蓮という台湾東部の町がある。9年前、台北から軽い気持ちで、
友人と連れ立って足を伸ばした。

駅前から程近い宿の夕べ、暇を持て余した僕たちは、夕涼みがてら散歩に出かけた。

名物のさつま芋のお菓子の店を冷やかしたり、ワンタンのおいしいお店で小腹を満たしながら、1時間も歩いただろうか。
陽は既に落ちかけ、涼やかな風が心地よく吹き抜けていた。戦前の日本家屋が夕陽に深く染められ、僕は子どもの頃に戻ったような錯覚をしていた。

宿への帰り道、友人が、「おい、ちょっと見てみろよ」と、ふいに声をかけた。
どうも印鑑の店らしい、日本語で、「印鑑スグデキマス」と書いてあった。友人は、
「ちょうどいい。ここは大理石が名産なんだ。造ってもらえよ」
と言い、僕の腕を引っ張った。

店では、中年の店主らしき人が、汗を拭き拭き、刻印の作業に打ち込んでいた。
友人が台湾語で声をかける。店主は僕に微笑みかけ何ごとか尋ねる。僕は日本語で答えた。
「すみません・・・印鑑が欲しいのですが」。

店主の表情が、何とも言えない笑みと、緊張を湛えた。やがて耐え切れぬように、
「日本人の方ですね」。

「はい、そうです」
「日本人の方、いまは来ない。お父さん、私のお父さん、とても日本語じょうずだった。日本の、方、いっぱいお客さん、来ました。ハンコ、いっぱい、造りました」。

僕は印鑑を注文した。大理石のよいものを選び、姓名印と、書斎印を頼んだ。
店主は瞳を輝かせていた。

明日の朝、出立前に届けてくれると言う。宿の名前を告げると、
「ありがとう。お父さん、日本人にハンコ造ってあげられたこと、うれしい。私もいま、日本の人に、ハンコ造って、お父さんと同じことできて、うれしい」。
店主の目はうるんでいた。

花蓮が好きになったきっかけは、この出会いからだった。





64 名前:nyan :01/08/30 18:49 ID:5nlvhxe2
はぁ〜。また泣いちまった。>>21>>37

東海岸の町台東でひどい頭痛に悩まされ、街角で見つけた薬屋でちょっと怖いけど痛み止めと白花油を買おうとした。
店主に「頭が痛いんですけど・・・」と話し掛けると私の顔をじろじろ見て「日本人か?」と訊いてきた。
「そうです」と答えると「私のお父さんは日本語が上手だから、ちょっと待ってなさい」と言って奥に入っていってしまった。
別に薬が買えればそれで良いのに・・・と思っていたら奥からかなりご高齢のおじいさんが出てきて、お辞儀をして「ようこそいらっしゃいました」と日本語で言った。
「あっ、はい」と私もおもわずお辞儀をしてしまった。
「どこが悪いのですか?」とおじいさん。
「あの、頭が痛くて・・・痛み止めが欲しいんですが・・・」と言うと
「それなら、これがよく効きますよ。食事の後に飲んでください。」
と出された錠剤には‘aspirin’と書いてあった。
「あの〜、できれば・・・アスピリンじゃないものが欲しいんですが・・・」
と言いながら、アスピリンは北京語でなんて言うんだっけ?でも折角出てきてくれたんだから素直にこれ買っとくかな・・・と葛藤していたら、
「ああ、そうですね。では非アスピリン系のこちらはいかがですか?」
と別なのを出してくれた。
ほっとして「ではそれいただきます。」と5錠(バラ売りだった)買った。
おじいさんは「いいですね、食後ですよ。お茶はいけません、お水で飲んでください。」と言いながら薬を渡してくれた。

受け取りながら「日本語本当にお上手ですね」と言うと、
「いえいえ」と謙遜して首を振った。
その後ろのほうで、息子である店主は嬉しそうに、少し誇らしげに微笑んでいた。
「留学してらっしゃるんですか?」と訊かれ、
「いいえ旅行です」と答えると「一人で?勇気があるね」と言われた。
「宿はどこ?」
「駅前の××旅社です」
「ああ、あそこの主人知ってるよ。あれも日本語が出来るでしょう」と言われ、
「はい、助かっています」と答えた。
帰ろうとすると
「台湾には悪い人も多い。日本と違うよ。暗いところは歩いてはいけないよ。」
「タクシーもその辺を走っているのを拾ってはいけない。宿の主人に頼んで呼んで貰うんだよ。いいね。」と諭されて、
「気をつけてね、気をつけて帰るんだよ」と手を振ってくれた。
私は振り返りながら何度もお辞儀をしてしまった。おじいさんはずっと手を振っていてくれた。




82 名前:美麗島の名無桑 :01/11/11 02:11 ID:+g+hCnRM
夏に行ったとき、ジュース屋の前で悩んでたら、一人の女の子が近づいてきて
なにのみますか? と聞いてきた。 はぁ?突然の出来事で動顛してしまった。
どうも、彼女は日本語の学校でも行っているんだろう。じゃ、お言葉に甘えて
アイスクリームのような、シェークのようなものを飲みたい。とお願いした。
いくらですか?と聞いたが、すでに暴走中。私たちにジュースを渡し、微笑み
ながら、人ごみに消えていった。お金ー、と言ってみたが、どうも、最初から
もらう気もないようだった。私たちは、最後まで はぁ? 状態で狐に摘まれた
ようだった。有難うございますと感謝の言葉を伝えたかどうかも憶えていないが、
こんな子、日本にいるだろうか?台湾は本当にいいとこだーーーー!!おわり。




105 名前:美麗島の名無桑 :01/11/29 14:44
台中に行ったとき、お寺にお参りしようと思ってバスに乗ったら、
間違えてしまいました。道に迷ってうろうろしていると、おばあさんが
突然、「日本人? どうしたの?」と声を掛けてくれました。事情を話すと、
「まあ、ウチでお茶でも飲みなさいな。ほら、こっちこっち」とスタスタ歩き出しました。

マンションの一室に案内されると、立派な畳敷きの和室で、おじいさんが
読書中、ぎっしり詰まった本棚のほとんどが日本の本でした。
「よく来たね。うれしいよ」と破顔一笑、おいしいお茶をいただきながら1時間以上話しこんでしまいました。

やがて息子さんが帰ってきて、お寺まで送ってくれることになりました。帰り際にいただいたのが果物と赤飯のおにぎり。
「昨日アメリカの大学から孫に合格の知らせが来てね、そのお祝いをしたの」とおばあさん。

「元気でね。またいつでもいらっしゃい」という声に送られ、車に乗りました。
お参りはやめて、もっと話していればよかったといまだに悔やんでいます。




107 名前:心も美麗島 :01/11/30 20:40
では、私もひとつ....
以前、福岡で知り合った台北の友人を訪ねて旅行した時の話です。
その友人にドライブで九イ分に連れて行ってもらった。途中、観光商店街を
見物している最中、あろうことか迷子になってしまった。30分以上探したが
友人は見つからず途方にくれてしまった。言葉はわからないし不安で仕方なかった。

そこへ老夫婦のおじいさんが、流暢な日本語で声をかけてくれた。
事情を説明したら、ついて来なさいといってくれ、近所のおじいさんの親戚の家に案内された。友人は携帯電話を持っていたが、あいにく電話番号のメモを車の中においてきたために連絡の取りようがない。
おじいさんの親戚の息子さんが、台北のあちこちに電話を掛けまくってくれて、それから1時間後ようやく友人と連絡をとることが出来た。

やがて友人が迎えにきてくれたが、おじいさんが、食事をしていきなさい、といってくれた。
友人と、夕食をご馳走になりながら、いろいろ半世紀以上前の昔話を聞かせてもらった。
当時、日本人の人たちに大変お世話になったのだと聞かされた。
話をしながら涙ぐむおじいさん。
その話を聞いて、思わずもらい泣きをしてしまいました。
友人も、日本人の見方が少し変わったよ。といってくれた。
ありがとう、お世話になった、台湾のみなさん!!


108 名前:心も美麗島 :01/11/30 21:03
追記...
その後、台北の友人に頼んで、おじいちゃんに贈り物をしてもらった。
(日本から送りたかったのだが輸送費が高すぎだったので、台北の
日系デパートで日本酒を買って届けてもらった。)
しばらくして....
おじいちゃんから、国際郵便でウーロン茶と日本語で書かれた手紙が届いた。
そして今、おじいちゃんは私のメールフレンドなのです。





150 名前:すもも :01/12/04 00:59
4年ほど前に出張で台中に行った。
台中のホテルに泊まっていて、帰国の日に飛行場までのバスに乗りたかったのだけれど、
言葉が出来ないからどうしようって困ってた。泊まっていたホテルのお兄さんに
身振り手振りで(後少しの英語で)なんとか理解してもらった。
そしたらお兄さんがホテルの前に止まっているタクシーの運転手さんに
犬のバス停までって言ってくれた。
バス停に着くとタクシーの運転手さんが今度は大声で窓からチケット売りの
人に叫んでる。???と思いながらお礼を言ってタクシーを降りると
チケット売りの人が何も言わない私に飛行場までのチケットを渡してくれた。
もちろんお金は払ってますが。運転手さんが、
「彼女は飛行場に行きたいから飛行場までのチケットを売るように」って
伝えてくれてたみたい。
そこで座っていると、チケット売りの人が私を呼びに来た。
???って思っていたら飛行場行きのバスが来たからって呼びに来てくれたみたい。
おかげで無事に飛行場まで着くことができた。
ホテルのお兄さんから始まって、タクシーの運転手さん、チケット売りの人、
みんな優しさのバトンを渡してくれて、気持ちよく帰国する事ができた。
台湾から帰ると必ずって言うほど、日本に来ている外人さんに優しくしなきゃって
気持ちにさせられる。これが彼らへの恩返しって思っている。





286 名前:美麗島の名無桑 :02/03/07 19:25
地方都市から台北に着いたとき、いまいちバスの路線がわからず近くにいたお姉さんに尋ねたら親切に教えてくれた。
「あっ、いま来るバスがそうだよ!」と言うので「いくらですか」と聞いたが、いわれた値段に小銭が足りなかった。
お姉さんは自分の財布を開いて私にバス代を握らせ、「早く乗りなさい」というので「え〜、受け取れません」と言うと「いいから、乗りなさい」とバスの入り口に押して乗せてくれた。
まったくの見ず知らずの人間にそんなことができる人ってそうそういないと思うけど、なんかメチャ感動した。
ありがとうお姉さん。





302 名前:みるみる :02/03/09 19:17
台南で夜9:00頃「小北観光夜市」に行きたく、ホテルのフロントのネーチャンに地図を書いてもらった。
ホテルから散歩で20分位だというので歩いて行ったが、何故か迷ってしまった。
チョイ心細くなった漏れ。そこに仕事帰りらしき青年がスクーターから降り、
家に入ろうとしていたので、カタコトの英語で聞いてみた。
青年の年齢は20代後半で真面目そう。
俺の英語は全く伝わらなかったが、親切に地図を書いて教えてくれた。
「謝謝」とお礼を言い、俺は地図を見ながら歩き8分程たった時、後ろから声が掛かった。

声の主は先ほどの青年、北京語でスクータの後ろに乗れ?と言っている。
この青年も「小北観光夜市」にメシでも食いに行くのだろうと思い、俺は遠慮せずにスクータの後ろに乗った。3分程で「小北観光夜市」に着いた。
青年は、ここが「小北観光夜市」だよと俺に説明し、直に帰ろうとしている。
何のことはない、彼は俺が迷子になっているんではないかと思い追いかけて来たようだ。
俺は再び「謝謝」とお礼を言うと「気にするな」という素振りで帰っていく。
更に俺が「再見」と言うと、彼は笑顔で振り返り大きく手を振って帰って行った。

しかし、何故最初会った時に直ぐスクーターで送ってくれなかったんだろう?
小便でもしたかったのか?それとも、
家に入り、日本人に道を聞かれた事をじーちゃんにでも話したんだろうか?





326 名前:みるみる :02/03/10 05:56
台南にて。
観光名所の「赤篏樓」に行くため、ホテルをAM11:00に出た。
ガイドブックの地図ではホテルから「赤篏樓」までは徒歩で10分程度。
30分程歩きまわったが「赤篏樓」を見つけられない。なんでやーー。
漏れは、再度ガイドブックを見てテメーの位置を確認していた。
すると、女神様(台湾人)が現れて、漏れに「どうした?」と日本語で声を掛けられた。

台湾南部には「美しい日本語を話す老人が沢山いる」つーのを、ガイドブック&インターネットで知っていたので驚きはしなかった・・・・がっ。

漏れがガイドブックから顔を上げると、スクータに乗った小さなコ汚いジジーがに目の前にいた。
ジジー「どうした?お前日本人だろ?何処に行きてぇんだ?俺が教えてやる」
発音も何もかも完璧な日本語。つーか、乱暴な言葉を使う単なる日本人のジジー。
(これほど完璧な日本語を話す人は初めてだった)

漏れはアッケにとられながらジジーの方に歩いていき、
「日本人です。赤篏樓に行きたいんです」
ジジー「なんでぃー、赤篏樓かよ!!!ケッ!!!。それなら、この道を真っ直ぐ行って2本目の交差点
を左に曲がれ、右手に赤篏樓がある」
漏れは呆気にとられながら「どうもありがとうございました」とペコリ。
ジジー「おぅー、きーつけてな。」
漏れは暫く放心しながら歩いていた。





844 名前:美麗島の名無桑 :03/10/12 18:46
つい先週だが、友人3人と4泊5日で台北へ行った。
現地では沢山の人が親切に助けてくれたが、一番心に残ったのは
夜に九分(本来は人偏に分)という町へ行った時のこと、
着いて間もなく雨が降り出した。

私たちは傘を持っていなかった。
店はどんどん閉まっていき、観光客もいなくなった。
仕方がないので、ガイドブックによく出てくる風景だけ見て帰ろうと
近くを歩いているおじいさんに道を聞いた。
おじいさんは「すぐそこだよ・・・」と指を指しながら案内してくれた。

「おじいさんもコッチの方角に帰るのかな・・・」と心配しながらも着いていくと、
雨が少し強くなった。
おじいさんは持っていた大きな傘をさし、私たちに入るよう言ったが、
おじいさんが濡れてしまうと困るので私たちは拒んだ。

目的地に着いたとき、おじいさんは我々に傘を差し出して「これを持って行きなさい」と言った。
たったいま会ったばかりの見ず知らずの私たちにだ。
「いけません!あなたが風邪を引いてしまいます。タクシーを拾うから大丈夫」と
言うが、なかなか承知してくれない。やっとのことで御礼を言って別れると、
私たちは目的の風景で写真を撮り始めた。

その、ほんの数分後・・・向こうから先程のおじいさんが帰ってくるではないか!
どうしたんだろうと見ていると、おじいさんは黄色いものを3つ私達に差し出した。

それはビニールの「カッパ」だった。
コンビニでひとつ33元もするカッパを、彼は買って戻って来てくれたのだ。
それも3つも、初めて会った日本人の為に!

「私はね、日本に行った事があるんだよ。もう10年も前だけどね」
おじいさんはそう言うと、最初に出会った方角へゆっくりと帰って行った。
私達は涙が出そうになって思わず拝んだ。





859 名前:美麗島の名無桑 :03/10/28 07:02
中正記念公園の北?に位置する豆乳朝食屋さんでの事
私と友達は、台湾らしい朝ご飯を食べる為にやっとの事でその店を探しだした
ホカホカであっさりした揚げパンと、台湾ならではの程よくあま〜い暖かい豆乳の組み合わせは絶品
店先でどう注文していいかわからずウロウロしていた私達を見て、
店にいた40代くらいのおじさんが、日本語を話せるおばさんを呼んできてくれた
私達はおばさんに、パン、小龍包、豆乳が欲しいと伝えた
美味しそうな卵がはさんであるパンを見つけて、これも!と言ったら
絶対に食べられないから買わないほうがいいよ、と商売かえりみずの忠告
素直に従って、店内でおいしい朝食にありつきました
2人は私達から微妙に離れた場所に座って、何か果物を食べながら雑談を始めました
私達を時々見ては、小龍包は熱いうちに食べなきゃダメよ、と気をくばってくれる
その果物は台湾の果物ですか?と聞いたら、これはブンタンだと言って実をわけてくれました
お腹は満足した私達でしたが、どうしても卵つきのパンを試してみたくて結局もう1個パンを買う事に
少々苦しいお腹で、アッサリした果物を食べてみると、サッパリしててとても美味しい
日本語を話さない台湾のおじさんでしたが、私達を見て、どうも外の方を指さす
どうやら、隣で売ってるよと言ってるらしい
私達はおじさんとおばさんにお礼を言って店を出て、隣の果物屋さんで台湾の珍しい果物を見ていました
すると、おじさんが歩いてきて、これだこれだとブンタンを指さしてくれました
多謝と伝えて、私達は無事ブンタンをゲットして帰途につきました

泣けるようなエピソードではないんですが、ほのぼのとした台湾での朝の思い出です
台湾の方とは何となく、気の使い方というか、人との微妙な感覚が合うなーと思いました
おじさんは、大きく愛想をふりまくでもなく、何となく恥ずかしげで、
だけど気をつかわせない程度に近くにいてくれて、という感じでとても印象的でした

台湾の方、どうもありがとう





944 名前:コピペ 本日のレス 投稿日:2005/03/27(日) 20:22:53 JksiwmXV
オレじゃなくて、いやね、ウチの母親なんですよ。
母親が台湾に旅行するってんで、お守り持たせた訳ですわ。
母親の入ってる団体の慰安旅行だから別にそんな危ないわけじゃないんですけど、
ウチの母親飛行機乗ったことないイナカモンなんで、怖がったから持たせたんです。
お守りっていっても、翡翠の玉(漏れが山で拾ってきて磨いてキーホルダーに加工したやつ)なんですけどね。

で、無事帰ってきたおかんがなんか暗い顔してんの。
どうしたの、楽しくなかったのか?ってきくと「財布落とした」って。
台北かどっかのタクシーの車内にうっかり忘れてきたみたいだ、って言うんですよ。
財布はともかく、漏れに貰った翡翠の玉を入れてたのが申し訳ない、ってなんかもう死にそうな顔で

あほだなあ、おかんが無事で帰ってきたんだからじゅうぶんなんだっつーの、って言ってもまだ立ち直れないの。


945 名前:コピペ 本日のレス 投稿日:2005/03/27(日) 20:23:29 JksiwmXV
んで、そんなことがあって帰国から10日くらいたった日にね、国際郵便が届いたんですわ。
差出人は台湾のヒト。
なんじゃこりゃ、とおもって母親が開けると、そこには落とした財布が入ってたのね。

ついてた手紙には
「私はタクシーの運転手だが、台北の駅であなたたちを降ろしたあとに財布を見つけた。
追いかけて返そうと思ったが、もう見つからなかったので失礼と思ったが財布の中身を見させてもらった。
運転免許証を見つけたのでその住所にこの財布を送ります。
私は日本語が読めないが、祖父が日本語の読み書きが出来るので代筆してもらいました」
とかあったんですよ。

もうね、アホかと。
行きずりの外国人のサイフですよ?ネコババしてもばれないのに、律儀に送り返すって、
どういう人たちなのかと。おまけに、入れてたNT$も全額そのまま。

で、封筒には別の包みも入ってて、それには
「財布を落としてしまってはお土産が買えなかったのではないか。とても美しい翡翠の玉が入っていたのであなたは石が好きな人なのだろう。お土産代わりにこれを贈ります。どうか台湾にまたいらしてください」
とかいう手紙と翡翠のブレスレットが入ってたんですよ。

もうね、なんつー人かと。
ちょっと書いてて涙出てきちゃうくらい、イイ人じゃないかと。
こんないい香具師がいる国だったらこんどは漏れも行ってみたいなと思ったわけでした。
posted by (・∀・)うーぱー at 23:52| Comment(6) | TrackBack(7) | 和みネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
花蓮は世界一、ニを争う親日都市ではないでしょうか? 夕方になるとNHKの相撲を見て「よしっ!」と叫んでいる、そんな町だそうです。
Posted by tsubamerailstar at 2005年09月06日 13:59
台湾には日本のチャンネルが幾つかあるらしいですね。
台湾に関する体験談のほとんどは良いお話ばかりで、極東三馬鹿に囲まれて辟易している時なんかは特に、台湾話を読んでは癒されていますw
私の中で台湾は「行ってみたい国」のベスト3に入りますw
本場のパイナップルケーキをいつか食してみたくてw
Posted by (・∀・)うーぱー at 2005年09月07日 01:51
可憐・・・じゃなくて花蓮行った事ありますよ。(漢字出ねえ!w)タロコ峡谷最高でした。
自分のイメージとして、都会より田舎、北部より南部の方が人が優しかったイメージがあります。
何というか、言葉も大してわかんないのに、リュックひとつの自分にご飯食べさせてくれた人がいたり、急な夕立の時に雨宿りさせてくれた挙げ句になんかお土産くれたり。
都会と違ってのんびりした空気が流れていて、朝飯屋のオバチャンのの笑顔が印象的でした。(写真も撮らせて貰った!)
また行きたいなあと思いつつ、預金残高を見てため息をつく日々。
Posted by ねこー at 2005年09月07日 03:50
>うーぱー様

日本専用のチャンネルは3つくらいあって、NHKーBSもありますから結構多いっすよね。まぁ、李登輝さんみたいな旧同胞は未だに日本語なので、有難いんやないかと思います。
旧正月の大晦日に当たる日は、NHKの紅白の録画放送していて、さらに別のチャンネルでは台湾版紅白をやっていたので笑ってしまいました。
ねこーさんが書かれているタロコ峡谷は大迫力で、「台湾のグランドキャニオン」という塩梅でしたね。また暇と金見繕って行きたいですが、原油高で何処も格安の相場上がりましたねぇ。さらに原油加算なんちゃらみたな金取られるから萎えてしまいます。(汗)
福岡からだと釜山とかはマジで安いんですが、三馬鹿連合とは関わり合いたくないですもんね。サウナで昼寝でもしとった方がマシです。(爆)
Posted by tsubamerailstar at 2005年09月07日 09:39
>ねこーさん
ねこーさんも台湾に行った事があるんですか。いいなぁ。
しかもそんな(*´Д`)ウマーな体験まで…!w
(´・ω・`)ウラヤマシス
同じ「近い国」でも、韓国に行って不愉快な思いをするよりも、台湾に行ってのんびりしたいなーという気持ちが最近ますます強くなっていますw


>tsubamerailstarさん
おお…日本のチャンネルってそんなに多いんですね。
名前は度忘れましたが、台湾の若い女の子の間で日本好きの子を「何とか族」(?)と呼ぶとよく聞きますが、テレビの影響って大きいんでしょうね。
反日国に囲まれているせいか、台湾の方が日本に対して好意的でいてくれるという事がとても心強いです。

tsubamerailstarさんのブログの「北海道に旅行に来る台湾人が多い」という記事を拝見して、そのコメント欄に書こうか悩んだのですが、とりあえずこちらでご紹介させて頂きます。
台湾の方には日本はこう見えるのかぁ…日本ってこんなに美しい国だったのかぁ…と感動したフラッシュです。
既にご存知でしたらすみません。

■台湾の人たちのニポン旅行
http://myweb.hinet.net/home14/weijon/20040101/20040101.htm
↑2chを始めいろんな所から紹介されているのでちょっと重いかもしれません。
Posted by (・∀・)うーぱー at 2005年09月07日 13:44
台湾行ってみたけど、そんなに「特別」がつくほど、親日的な態度は見られなかったな。
ちょっと前に日本人旅行者が台湾人の暴行受けてケガする事件も起こったしね。

中国、韓国含め一部ヨーロッパを除いては旅行者に関しては皆親切だったよ。
当たり前だけどね。
Posted by じん at 2005年10月12日 06:30
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